140字のエチュード―VoL.6

 

 2014年6月9日4:17

 目で聞き耳で見る。そのような芸当は到底誰にも叶えられない現象だと今まで考えてきたし今でも半信半疑だけれど、最近もしかしたら起こり得ることかもしれないと思い直している。実際に目の当たりにしたことはないから説得力にも欠けるし根拠もない要するに勘に近い感覚で呟いているだけだが信じたい。

 

 2014年6月10日6:01

 アスファルトが潤んでいる。しっとりと広げられた水面を歩いているみたいだ。錯覚に違いないが何故か僕は今にも自分の身体が沈んでしまいそうな恐れを抱いた。そうして、思い出した。幼少のころ川原で小石を拾い投げて遊んだことを。水切り石は何度か跳ねた後でぼちゃん、とした鈍い音とともに消えた。

 

 2014年6月11日6:05

 不安が心に浮かんだ言葉を覆い隠している。ほら、今だって。本当に打ちたかったはずの文字は空洞へ消えてしまった。体内では生き続ける意味を求めずにはいられない宿主の命を維持するために、臓器たちがゆっくりと、それでいて微かな疑問を呈するかのように蠕動を続けている。月光が私の内部を貫いた。

 

 2014年6月12日5:56

 一枚の画用紙に収容されている人体模型図。この絵の画家はここまで精巧なものを完成させるために一体いくつもの死を乗り越えただろうか。仮に当の本人に自覚はなくともその模型には数多くの人々の死が堆積しているようにみえる。もしかすると死を窺わせる色は黒ではなく赤や白、肌色なのかもしれない。

 

 2014年6月14日3:18

 肌触りのよいそよ風は却って私の心をくすぐった。もう既に死に絶えて水そや窒そ酸そと化した、かつての生身より分解した思いと、きっと今もどこかで生きている誰かの息吹とが混ざりあった、この場所こそが聖地だ! 急にいきり立った私は、過去と現在を吸い未来を吐く行為を性懲りもなく反復している。

 

 2014年6月15日0:18

 夜になればいつも蜘蛛の巣がわたしの目を蔽った。二度と瞼を開くことのできぬかもしれない恐怖に胸を打ち震わせていたあの頃をふと、思い出し嗤う夢を視た昼下がりの午後。知らぬ間に眠りについていた私はいつしか幼いわたしへ還っていた。薄っすら寝ぼけ眼をもちあげると光の糸はやわらかく千切れた。

 

 2014年6月16日3:17

 仮に集団的自衛権が認められたとして実際に他国との戦争を行う事態に陥ったら、恐らく自衛隊への入隊希望者が激減するだろう。その結果、これ見よがしに隊員の不足が謳われ、昔のように赤紙による召集が罷り通る悲惨な時代がやってくるのではないか。そう危惧する被爆者の祖父の思いを大切に扱いたい。

 

 2014年6月18日5:07

 たとえばアナタがずっと先から美しい詩を紡ぎ続けていたとして、たった今その結末を迎えた時に果たしてまだ生きていたいと思えるだろうか。全ての詩を謳い終えた後の詩人にはもう何の価値もないことを、あの早熟の天才ランボーは無意識のうちに自覚していたのではないか。ボクはボクの詩に殺されたい。

 

 2014年6月19日7:45

 人間失格で有名な太宰治だけど、個人的には後期に書かれた「薄明」がイチバン好き。戦時中における市民の暮らしの模様を、ごく自然な形で切り取ってみせることに成功しているように思う。もちろん私は実際に戦争を体験した訳ではないので何もかも空想にすぎないし、それはこれからもそうあってほしい。

 

 2014年6月20日4:29

 ピカピカのお皿にのったショートケーキを食べようとしたらイチゴもろとも逃げられました。追いかけて見あげた空には大きなツバサを広げた真っ白な小鳥が、おいしそうに飛んでいました。小鳥のクチバシは赤みを帯びています。思わず腹のたったわたしがフォークを投げたことは秘密です。流れ星がキレイ。

 

 2014年6月21日4:23

 物語の世界に生きる人々は、まさか自分の存在そのものがフィクションだという事実につゆさえ気づかない。いいや、そもそも「気づく」必要性など全くないので気づけない。それはひどく美しく、余りにも残酷だ。彼方より誰かの視線を浴びるたびに同じ人生を重奏的に繰り返す。無意識は問いかける。何故?

 

 2014年6月22日2:17

 赤白黄いろ橙ろいろに分かれた光の源には常に太陽が君臨していることを私たちは誰もが信じて疑わないだろう。しかしそこに存在するのが太陽ではなく鏡だったとしても…反射鏡の内面に潜む人々に罪はない。彼らは純粋に、彼らの世界で彼らの身に起きた出来事に対応しているだけだから。叫び声が轟いた。

 

 2014年6月22日4:56

 鼓膜への振動音は次第に密になっていく。気づけば身体は光の方へ引き寄せられていた。きっと長い間、歩き続けてここまで辿り着いたのだろう。根拠はない。記憶がないからだ。しかし背後を振り返ると途方もない道程が広がっていた。薄暗がりに浮かんだ景色を虚ろな眼で見つめた。それだけで充分だった。

 

 2014年6月23日4:43

 鏡の煌く、見えない薫りを見るためには。この世の全ては写し鏡。という言葉をどこかで耳にした、のだろう。赤白黄いろ橙ろいろの光の渦で繰り広げられる流れの模様をわたしは私だと認識した。小川はゆらゆらたゆたい微風が水面をくすぐる。青緑のグラデーションは自然というものの規格を構成していた。

 

 2014年6月24日5:45

 不自然は自然のうちに包まれることでその存在価値を見出す。それは視る側にとって善悪を問わない。何故ならそこで争っていたものたち各々の纏った色はいずれも鮮やかにてかり、こちらの目を引いたからだ、と、こう言えば辻褄が合うとでも思っているのだろうか。意識は風に飛ばされ次々と転移していく。

 

 2014年6月25日3:12

 赤白黄いろそれに青や緑、はたまたピンクといった色らが、茶や灰、黒に淀んだ色らを滅ぼしている。彼らはどこへ消えたのか。思い巡らし捜せば知らぬ間に現れており、かと思えばまた同じ形でどこかへ消える。何度も似たような光景を眺めるうちに、彼らの故意を疑いたくもなる。肌いろの歓声が響き渡る。

 

 2014年6月26日6:48

 物事を適当に判断する目が全くといっていいほど養われていない私は未だに鏡を覗くより前のわたしと変わっていなかった。

 そんなことない!

 ほらな、すぐさま否定するのがいい証拠だ…

 私は肌いろに共感できなかった。しかしそのことに無情であろうと努める私の身体もいつしか肌いろへ馴染んでいく。

 

 2014年6月26日7:22

 それは善いことか悪いことか?それは正義か悪か? 私にはそれが悪いことで悪であってほしいという気持ちから二元論的な問いかけを携え待ち構える革命の声明に聞こえた。少しずつ支持を集めた声明はやがて肌いろの歓声と争うようになったが、私にはそのどちらかを選ぶことなどできなかった。ごめんね。