140字のエチュード―VoL.9

 

 2014年8月10日0:55

 蒲公英の綿毛が空を舞う。それを祝うかのように漂う誰かの鼻歌は電車の通る音と共に過ぎ去っていった。今聴こえるのは蝉の鳴き声ばかり。しかしそれよりも私にとっては彼女の撮った映像の中で繰り返されるつばめの囀りの方がもの珍しく瑞々しかった。ここではないどこかを飛ぶ姿がありありと浮かんだ。

 

 2014年8月11日4:08

 地下街で吟遊詩人が詩っている。橙色の灯を浴びながら。しかし、大衆の賑やかさに埋もれた彼らの声は行き場を失くしていた。生きている間は無名でも、死後に認められれば報われると思っていた声とその主達。甘かった。これから先、誰にも聞かれぬであろう言霊は今でも素知らぬフリで無垢の香りを焚く。

 

 2014年8月13日7:25

 弾けないピアノを目の前に置かれたところでどうしようもない。iPhoneを鍵盤の上に載せてYouTubeショパンを検索した。流れてきたのは別れの曲。それらしく指先を動かせないでいながら思う。まだ出逢ったばっかりなのにな。もしかしたら別れたいという気持ちに浸りたいだけなのかも。乙。

 

 2014年8月14日3:55

 好きな色を持たない女の子は、はっきりと緑色が大好きだと唱える小さな男の子のことを少しだけ羨ましいと思ったように感じた未だ大人になり切れない大きな子供は、別に好きな色なんて無くてもいいんじゃないの、と咄嗟にぼそり呟いたものの却って変に取り繕った印象を齎さないか内心びくびくしていた。

 

 2014年8月15日5:05

 NHKスペシャルを観て。集団的自衛権に良いも悪いもないように感じる。こちらにとっては命を守るための行為があちらにとっては命を奪う行為に映るのが戦争に繋がるのでは?良いと悪いの境界が曖昧かつ外交では一旦、良いと判断すればそれを貫かざるを得ないのでは?たとえ判断が誤りだったとしても。

 

 2014年8月16日3:40

 互いの魅力を併せ持ったエスプレッソとシロップは温められたミルクに包まれ天上へ昇った。肌め細やかなミルクの泡が雲みたいにふわりと浮かんだそこはまるで柔らかい無地のキャンバス。チョコレートソースがラクガキしたくなるのも無理はない。イタズラを隠そうと慌てたホイップクリームは渦を巻いた。

 

 2014年8月17日2:46

 あなたが一歩前へ進む度に、あなたの輪郭は西陽の眩しさと和解していった。今、涼しい風が吹き抜けたとして一瞬、背後を振り向いた私が再び視線をあなたへ這わせるその時にはもう既にあなたの姿は消えている。まるで始めからいなかったかのように。逃げ水と何処で鳴くとも知れない蝉の声を視て聴いて。

 

 2014年8月18日6:39

 お盆休みにおせんべいを食べすぎたせいで身体はせんべいみたいにならないか。少なくとも濡れせんべいには近づく気配を見せている。もっと正確に言い表すなら、おもちかマシュマロ。それせんべい関係ないやん。ぼりぼり齧りながら甲子園を見る。選手の顔がせんべいに見えんでもない。小雨が降ってきた。

 

 2014年8月21日2:47

 彼方に揺れる蜃気楼が此方まで押し寄せて来る程の暑さだった。私の掌が翳された空も、私の脚が踏みしめた土も何もかも全てがぐにゃり、と微睡みの中へ溶けていった。その模様は風の軌跡が可視化したようにも流水が渦を描くようにも見て取れた。このままでは私がアイスを食べさせられるのも時間の問題。

 

 2014年8月23日6:35

 あなたの指先は氷柱と見間違う程に冷たくて脆かった硝子の様に破片に散る夢見てはなぞった夜空に煌く満天の星々で水瓶を描いた。けれどもあなたの心臓は青炎よりも熱く拍動して溶かしたあなた自身を雨へと変えて昇った重力に逆らって降り注いだ瓶の中へさらさらと流れ消えたいと願った流星が瞬いた。

 

 2014年8月26日3:13

 一度、凝って始めてしまったことは、続けるのも難しいけれど、止めるのも同じくらい難しいのだと最近になって悟った時にはもう遅かった。慣性の法則ならぬ惰性の法則になっている様な気がする。トムとジェリーは仲良く喧嘩しているそう。まったくトムに同情した時間を返せと言いたくなる。さようなら。

 

 2014年8月29日6:50

 たぬきの嘘をキツネが母性で愛するよう何も言わずに受け入れるのは、もっと残酷な嘘をキツネが吐いているからに違いない。それに比べるとたぬきの吐く嘘など可愛いもので、たぬきはキツネの吐いた大きな嘘に想像すら及ばぬ一方、自ら吐いた小さな嘘がいつバレまいか始終びくびくしているので、疲れる。

 

 2014年8月30日5:21

 ブログで勝手に「ミニ説」と題して即興で取り留めのない内容の作品?を書いたが、考えてみればこうしてツイッターで140字みっちり埋めるだけでも長ったらしく見えてしまうのに、ミニ説も何もあったもんじゃないなと思った。ここを基準にすると原稿用紙5枚の掌編すらも長編っぽくなるから、とほほ。

 

 2014年8月31日3:28

 たまには自分でもよく意味の分からないことをやって羽目を外したいという気持ちは、言葉を紡ぐ上でも同じ様に当てはまると思う。まぁ、私にそうした傾向が頻繁にあるのはともかく、一目読んだだけでは意味を推し量りかねる言葉の中から価値ある詩が生まれることもあり得るのではないか。懊悩の果てに。

 

 2014年9月1日5:42

 ジャン・コクトーポトマック、、自由過ぎる。ぶっ飛んでいる。カオスともいえる。でも、なんか気になってしまう。ウージェーヌたちの正体とその目的が。小説の縁側にいる存在だけど、だからこそ、余計に気になる。頼むから私の夢の中にはやってこないでほしい。それにしても訳した澁澤龍彦はすごい。

 

 2014年9月2日7:13

 ふと耳を澄ませば鈴虫が鳴いている。ベランダに横たわった蝉の亡骸を弔うかの様に。蝉の声が皮膚の表面をびりびりと刺激するみたいに聴こえるのに対して、鈴虫のそれは内臓の奥までじんわりと沁み渡る感じがする。自己を見つめ直すには良い機会かもしれない。熱く迸った心を涼しく穏やかにするために。

 

 2014年9月3日6:32

 僕の胃をハンモックにして世界が眠っている。鶏や牛、豚はのんびりと放牧されており米粒や根菜を食べミルクを舐めているし、イカやタコは吸盤を駆使して踊り続けている。彼らはいくら自分の身体が分解されようとも消化されようとも死んだことに気づかないまま夢の世界で幸せだ。さて僕ら人間はどうか。