140字のエチュード―VoL.15

 

 2015年3月20日16:18

 薔薇の香りが石鹸で洗った手からもリップクリームを塗った唇からもトイレの中からさえも漂っているというのに、この家に薔薇の花は一輪も咲いていない。棘のない薔薇の存在できない哀愁が、隙間窓から外へ漏れている。そよ風に乗る哀しみは儚く、すぐに洗い流された。新たな薔薇を咲かせる恵みの雨に。

 

 2015年3月21日4:47

 

 やわらかい日ざしの中で

 モンキチョウ ひらひら

 散りゆく菜の花と 幾層にも重なり合う

 ミルフィーユの春よ・・・

 

 2015年3月24日3:49

 僕の身体から肋骨を取り出した処で、誰も創れやしない。

 

 禁断の果実を食べてはいけない本当の訳は

 「食べない」ことで、味わえるからだった

 その・真の・美味しさを!

 僕達は誰も知らずに

 ただ林檎の芯だけが

 巨大な虫籠の果てに還っていく

 

 2015年3月25日19:30

 

 ここまででしょうか、

 いいえ、まだまだ。

 

 2015年3月26日1:18

 メジロが鳴いている。桜の花の蜜を吸って喜んでいる、と思う。蜜の臭いも春風に乗って聴こえる。部屋に流れるヴィヴァルディと手を携えて、メロディは見えない雨粒を弾けさせ、消えた虹を青空に描いた。

 

 2015年3月27日2:55

 梢が月に接吻している。クリムトは夜桜の頬を黄金に染めた。夜桜は恍惚に浸りつつも何処かで自分がまだ蕾のままであることに安堵していた。白桃の未来を夢見続けている今この瞬間だからこそ抱き締めていられる誇りを大切にしたかった。

 

 2015年3月27日5:29

 ミルクの微睡みはエスプレッソの奥底へと潜っていく。クレマ、ボディ、ハートに沁みた白昼夢は、気がつけばわたしの喉元を優しく撫でていた。

  

 きらきらと泡立つドリップコーヒーの残滓は小さな夜空に輝く星屑のようだった。

 

 2015年3月28日0:27

 鶯が木陰で囁いていた。振り返れば、不思議と声は静まり返った。春に祈りを捧げる沈黙は、私達を柔らかく包んだ。

 

 2015年3月29日2:32

 

 詩は微分、小説は積分…か?

 

 2015年3月29日5:06

 今まで「愛」という言葉に対して知らず知らずの内に絶対的な価値観のようなものを見出したいと、そう心の何処かで思っていたけれど、そうした愛に対する「必死」な捉え方が却って大切な人にとっての負担となって、さらには傷つけてしまっていたのかもしれないと思うと、居ても立っても居られなくなる。

 

 2015年3月30日6:24

 去年の燕がまたこの場所へ帰って来た。逞しい姿に成長して。低空飛行で桜のアーチを潜ったかと思いきや、そこから一気に急上昇。麗らかな春の日差しを浴びて、気分はより一層爽やかに。賑やかなカメラは忙しく走る電車を止めた。沢山の見えない顔は影となり、一羽の燕を知らず知らずの内に讃えている。