小説「国家機密のプロジェクト」

 

「判決。被告人を死刑に処す」

 目の前に山のようにそびえ立つ裁判長から死刑宣告を受けた瞬間、男は全てが終わったという茫然とした表情になった。私の命ももはやここまでか。しかも冤罪であるというのに。

 私は銀行強盗と殺人の罪をなすりつけられて裁判にかけられた。勿論、必死に無実を訴えたものの犯行現場で押収された血だらけのナイフに私の指紋がべっとりと付いていたのが証拠になって死刑となってしまったのだ。

 私にはナイフで人を刺した覚えなどない。それどころか事件当日、犯行があったとされる銀行に行ってすらいないのだ。しかし何度そのことを主張しても誰にも聞く耳さえ持ってもらえず、却って精神病で錯乱状態にあるとみなされ余計に犯人扱いされるだけだった。その後、私は連行されて収容された刑務所の中で自らの運命を嘆いた。どうして謂われもない罪で自分がこんな目に遭わなければならないのか。余りにも理不尽である。

 悲痛な思いを胸に寒々しい監獄内にぼんやり立ち竦んでいると、隣に力なく倒れていた死刑囚が消え入りそうな虫の声で私に囁いてきた。その様は誰が見ても、もう永くはもたない命だということが分かった。

 「なぁ、その様子だとあんたもきっと冤罪で捕まったんだろ?」

「あんたも、ということはもしやあなたも? それにしても一体、どうして何の罪も犯していない人間を警察は捕まえたりするのでしょうか?」

 「どうやら裏で国家機密のプロジェクトが進められているらしい」

 その死刑囚の話を詳しく聞くところによれば、A国では現在爆発的な人口増加が問題となっており、このままだと食糧不足で国家は滅亡の危機に陥ってしまうそう。そこで都合よく国の人口を削減するために冤罪をでっち上げて国民を逮捕し死刑にすることで人員の調整を合わせようとしているらしい。

「なるほど、道理で誰に何を言っても無駄なはずだ。皆、グルだったのだから。とは言え、こんな酷い仕打ちを受けてとても黙って死ぬ訳にはいかない」

 「だろう? 俺も同じ思いだ。そこでだ、前に看守からこっそりくすねたものなんだが、ここに一本だけ脱出用の鍵がある。しかし俺の身体は見ての通り、病に蝕まれてもう一歩も動けやしない。だからこの鍵はあんたに託すぜ。その代わりに何としてでも国家の罪を公に曝け出して、国民を命の危機から救ってほしい」死刑囚は胸に溜め込んだ思いを一気に吐き出したかと思えばぐったりと眠るように息を引き取った。私は泣く泣く刑務所から逃亡した。

 自分の身の代わりに犠牲となった死刑囚のためにも決して再び捕まる訳にはいかない。私は死に物狂いで逃げ回った。とはいえ相手は国家。追い詰められるのも時間の問題。もっともっと遠くまで逃げなければ。焦る余り海浜に停泊してあった船舶の陰に隠れた私が流れ着いた先は常日頃よりA国と貿易関係にあるB国だった。私は一か八か、B国の政府にA国の罪を訴えた。しかしB国の政府の対応は意外なものだった。

 「ようこそ、B国へ。現在、わが国は高齢化による人口減少の問題を抱えておりまして・・・。尽きましてはA国にはいつもお世話になっております」