小説「眼鏡」

 

 

  ここはとある発明家の研究所。そこへ客として一人の男がやって来た。

「噂によるとここは依頼者の欲しいものを何でも開発してくれる研究所だと窺ってきました。ぜひとも私の、いいえ、私の娘のお願いを聞いていただけないでしょうか?」

「如何にもこの研究所に備えられている最新の設備とこの私の頭脳があれば開発できないものは何もありません。それで一体、娘さんに何を作ればよいのでしょうか?」

「ええ、実は最近になって急に娘の目が見えなくなってしまったのです。病院に行っても原因不明の難病と言われて全く治る見込みもないそうです。そこで先生にどんなものでも見える眼鏡を発明して欲しいのです」

「分かりました。娘さんのためにも何とか頑張ってみましょう。それでは少しの間だけですが、ここでお待ちください」

 男に優しく声を掛けるようにそう言って発明家は部屋の奥へ入っていった。そうかと思えばものの三分もしない内にすぐさま男のいるところまで戻って来た。右手にはぴかぴかに光るレンズがはめこまれた眼鏡を持っている。

「お待たせしました。この眼鏡さえあれば娘さんはどんなものでもはっきりと見えるようになるでしょう」

「まさかこんなに早く作ってくださるとは。だけどちょっと待ってください。いくらなんでもこんな短時間で出来上がるなんて信用できない。失礼ですがちゃんと本物なのでしょうね」男はいくらか疑いの念を込めて聞き返した。しかし発明家は手慣れた口調で全く動じる素振りも見せずに、

「確かにそうおっしゃられる方がいるのも分かります。ですが実際もって私の発明品の効力は絶対です。何でしたら試しに身に付けてみてはいかがでしょうか?」

 発明家に薦められて眼鏡をかけてみた男は驚いた。確かに広い敷地を占めている研究所の隅から隅までをはっきりと把握することができたのである。

「いやぁ、これは失礼しました。確かにものすごい発明品です。娘もきっと喜ぶことでしょう。それで一体いくらお支払すればよろしいのでしょうか?」娘の視力とは代えられないものの、おそらく高額な代金を請求されるであろうことを恐れて男は身震いした。しかし相変わらず発明家が落ち着いて言うには、

「いえいえ、お金なんてそんな下らないものは必要ありません。こちらとしては娘さんの将来にお役立ちできただけで光栄なのですから」

「信じられない! こんな素晴らしい品をただで頂けるなんて。あなたは本当に神様のようなお方だ」男は感謝の弁をつらつらと述べて意気揚々とした心地で研究所から飛び出して行った。一人ぽつんと研究所に残った発明家はにやり、と薄ら笑いを浮かべた。その通り。俺はもはや神になったも同然だ。とはいっても悪の神だがな。心の内でそう吐いた発明家はポケットの中から金色に輝くランプを取り出してそれを撫でるように擦った。ランプの内側から悪魔が恨めしそうな表情をして出て来て言った。

「全くお前は大した奴だ。本来は三つしか叶えることのできない願いの仕組みを一つ目の願いで無制限に叶えられるように変えやがった。次に何をするかと思えば、客が発明品を欲しくなるような原因を俺に作らせる。勿論、さっきの男の娘の目を見えなくさせたのもこの俺さ。俺は基本的に悪さをするのが大好きだからそういう願いは喜んで叶えてやる。そしてお前は、元々お前が作った原因でお前に泣きついてきた客を無償で救うことで人々からのとてつもない信頼感と名声を獲得することができる。終いには世界征服さえも夢じゃなくなる。だけどあんまり調子に乗るなよ。悪いことばかり企んでいるといつか罰が当たるからな。おや、何だ。パトカーのサイレン音がこっちに近づいて来るぞ」

 発明家に罰が当たったのは思ったよりも早過ぎた。警察の取り調べで発明家の前に姿を現したのは先ほど眼鏡を渡した男だった。

「どうしてお前がここにいるんだ?」発明家はうろたえて言った。

「この眼鏡のおかげだよ。あんたの悪意は全部この目で見させてもらった」