小説「カタストロフィ?」

 

 

「この星はもう終わりだ」

  誰かの落胆した声が荒れ狂う暴風雨の鳴らす騒音に掻き消された。しかしそれはもはや言うまでもなく、誰の目にも明らかなことだった。 

 水と緑が豊富にあって暮らしやすかったこの星をここ数年の異常気象が滅茶苦茶に破壊した。気温が四十度を超す真夏日がひたすら続いたかと思えば、今度はマイナス四十度を超す真冬日が生態系に甚大な被害をもたらした。この星の住民にとっていつの間にか春と秋という情緒はなくなっていた。 

 住民は焦った。これまで豪勢な暮らしぶりを送ってきたツケがとうとう回ってきたのだ。そう決めつけて急にびくびく怯えながら質素な生活を始める人もいたが、今さらそんな微々たる節約にさして効果はなく、星は相変わらず崩壊への一途を辿るばかりだった。夏の時期だというのに急に冷えるようになったり、冬なのに暑くなる日が頻発した。始めはこの現象を喜ぶ人もいたが、それも度を超せば話は変わってくる。しだいに夏なのに極寒だったり冬なのに猛暑だったりするのが当たり前になった。夏と冬という季節もこの星の住人から失われていった。残されたのは毎日の寒暖を察知する皮膚のみだった。

  その皮膚も徐々にきめが粗く肌荒れる人が増えていった。各地で発生した食糧難が原因だ。水不足で土壌が干乾び、農作物の収穫量が減った。動物も次々と絶滅していった。当然、食糧も底をついた。おまけに雨嵐に混じって大量の隕石が降り注ぎ、多くの建物が倒壊した。誰もがこの星の終わりを悟った瞬間だった。逃げる場所はどこにもなかった。一部の人間を除いて。

  各国の首脳代表や経済界のトップといった人々はいち早くこの星からの脱出を試みていた。高性能で安全性の高い宇宙船を世界屈指の科学者に製造させた。その存在を住民に知らせなかったのは知らせたところで何の意味もなかったから。結局、ノアの方舟に乗れるのはこの星の未来にとって優先順位の高い命であり、それはまさしく自分なのだと一人ひとりが神妙な顔付きをして思い込んでいた。その星自体がもうすぐなくなることを皆、心のどこかで忘れようとしていた。

 「これに乗れば本当に助かるんだろうな」 どこかの国の偉い人が科学者に詰問した。

 「勿論です。ここから一番近い星までの安全な道のりを保証致します。さあ、隕石が一時的に治まった今が絶好の機会です。早く船内にお乗りになって」 

 宇宙船は飛び立った。自分達が置き去りにされたことに気づいた住民は果たしていただろうか。彼らの末路を思うと何とも哀れであるとしか言いようがない。いやむしろ死の間際にそんな残酷な情報など知らされない方が幸せなのかもしれない。上空より誰かが同情の念を地上へ送った時のことだった。降りやんでいたかと思われた隕石が宇宙船をあっけなく貫いたのは。 

 間もなく宇宙船は爆発した。激しい噴煙と花火をあげた次の瞬間には既に塵と化していた。地上にいた誰かがその光景を見つめて、きれいだと呟いた。幼い子供だった。その眼球は本当に美しく一つの星のように輝いていた。この星が終わりを迎えても、まだ終わらない何かが続いていくのかもしれない。そう思わせる強い光が子供の目には宿されていた。気のせいか風雨の勢いが弱まったような気がした。分厚い雲の隙間から陽光が微かに射してくる。

「この星はもう終わりか?」一人の男が目を細めて言った。女は奇跡を祈るかわりに男の冷たい左手に自分の右手をそっと添えた。その左手には小さな子供のやわらかい掌がぴたりと吸いつくように重ね合わせられている。