小説「月のぼやき」

 

  ぼくは月。いつも夜空に浮かんでみんなを見守っている。たまに仕事疲れの大人が、ふと、足を止めてぼくを見上げたかと思えば、どことなく元気になってくれているのが嬉しい。もちろんぼくは大人だけじゃなくて子供達のことも大好きだ。特に寝る前にぼんやりとなった意識の中でぼくを見つめる時の彼らのうっとりとした表情はたまらない。そんな時にぼくは自分が本当に月でよかったと心から思うんだ。と、まぁお決まりの挨拶はこの辺にしときまして。唐突だけど、今夜はみんなにぼくの悩みを聞いてほしいんだ。え? のっぺりした顔のお前に悩みなんてあるのかって? ああ、それね。いつも言われるんだけどさ、俺の顔がのっぺりしてるのって満月の時だけだから。あ、ヤバい。つい勢いで俺って言っちゃった。いやぁ、なんか俺って優しそうなイメージ持たれてることの方が多いじゃん? だから一応、普段自分のこと話す時もぼくって言うように気をつけてたんだけどね。でもまぁ今夜はもう俺って言っちゃったし、俺でいっか。それで話を元に戻すんだけど、満月以外の時の俺マジ大変だよ? 三日月の時だって見映えこそいいのかもしれないけど、先っちょの方とかずいぶん研がなきゃなんないし、もしそこに小惑星とかが万が一ぶつかって破損でもされたら宇宙交通法で責任取らされるのは俺なんだからね。え? 月は太陽の光で輝いてるから別にわざわざ研いだりする必要ないって? うん、そうだね。そりゃあ俺だって月の端くれなんだからそんなことは分かってるよ。ジョークだよ、ジョーク。月にだってたまには羽目外したい時もあるんだからさぁ、まぁ今夜のところはゆ・る・し・て・ね。ほら、こういうの今地上で流行ってるんでしょ? 何だっけ? お・も・て・な・し、だっけ? 月だって最新のトレンドきちんと把握してるんだからね。むむむーん。あ、これ俺の笑い声ね。それに俺の愚痴ちゃんと聞いてくれたら次の満月の時、あなたの家の付近を重点的におもてなしてあげるキャンペーン、今こっそりやってるからさ。雲とか雨にもその日はなるべく邪魔しないように頼んどくから。ああ、それで悩みっていうのが実は太陽のことなんだけど、なんかさぁ最近アイツちょっと調子ノッてない? いや確かにね、俺はアイツの光がないと輝けない存在だよ? もちろんそのことには感謝してるよ。それどころかもう何億回と俺はアイツに感謝の言葉を口にしてきたことか。そう、それもこんな風に誰かに悩みを相談するたびになんか最終的には俺の、感謝の気持ちが、足りないみたいな雰囲気になっちゃうわけよ。まぁ他のヤツらの気持ちも分かるよ。だって他の惑星とか星だって結局はお天道様の恩恵とやらを被らないと生きていけないわけですからね。そりゃあ、軽々しく文句言って目ぇつけられたらホント堪ったもんじゃない。焼き殺されますからね。俺ももう何度、謹慎処分くらいそうになったことか。まぁ幸いなことに俺がここに滞在してる時にアイツの力が最も弱まるのがせめてもの救いだよ。水星とかもう常に見張られてるからね。マジ同情するわ。そもそもなんで神様ってのは世界を創造する時にあんなに太陽にパワー与えちゃったの? 別に月でもよかったんじゃね? もしも俺がアイツくらいのパワー持ってたら絶対もっとみんなに優しくするね。熱帯地域に偏った光を寒いトコにも持っていくし、砂漠に降らせる雨の回数だって増やしてやりたいと思ってるし、地震とかもできるだけ起きない方向で調整して宇宙運営していく所存だしね。この星の人達だって政権交代っていう制度があんのになんで宇宙じゃやらないかなぁ。ホンッと宇宙って融通利かねぇんだよなぁ。これね、極端に言っちゃえば宇宙できてから今の今までずっと太陽の独裁ですからね。あなた達はヒトラーとかムッソリーニとか金正日とかの独裁を許してこれましたか? そんなの無理に決まってるでしょう。俺はね、今まさしくそんな気持ちだよ。え? お天道様と人間の独裁者を一緒にするなって? あー、もういい、分かった。そんなこと言うならもう照らしてあげない。別に拗ねてなんかないけどね。え? やっぱり太陽よりも月の方が情緒があっていいって? いやぁ月だけに照れるわぁ。まぁそこまであなたが言うんだったら次回もサービスしてあげちゃうけどね。あ、ところで今何時? もう明け方の四時かよ! やべー、もう太陽起きちゃうじゃん。うわぁ、道理でさっきから変な冷や汗出てると思った。最近、階級オチした冥王星とかがもしかしてチクったかもな。ああ、もうこの辺にしとこ。やっぱタイヨーサイコ―。ただな、忘れるなよ。俺の性格がここまでひねくれたのは太陽、お前の、いいえ、アナタ様のせいですからね。