140字のエチュード―VoL.10

 

 2014年9月5日5:27

 太宰治の「晩年」や小島信夫の「美濃」には突発的な面白さがあると思う。どういうことかと言うと、適当にぱらぱらと捲った先に綴られてある文章がそれだけでもう既に面白く、読み手は思わずクスッとさせられる。しかも各々の笑点は取りとめもなく勃発するので、これらの辞典的小説に字引きは要らない。

 

 2014年9月6日6:18

 かぐや姫の名前の由来。諸説ある内の一つが「かげ→かぐや」というもの。古語辞典によれば「影」とは、光が射したことでそこにあるように目に映った物を意味する。実体ではなく実体から離れた所に現れるその姿を私達が認識することで初めて影は光を帯びるのかもしれない。月の雫が滴り影の涙が滲んだ。

 

 2014年9月8日5:44

 こうして今、呟く前に僕の指先によって消された言葉は、もうこの先、他の誰にも見られることはない。きっと明日になれば、自分でも忘れているだろう。しかも僕は別にそれでもいいと思っている。むしろ恥ずかしい思いをせずに済んだという安堵感も少し。蝋燭の火は尽きたことすら忘れて燃えているのに。

 

 2014年9月12日3:48

 ハートネットテレビが自殺に関しての特集をしていた。リストカットは死ぬためではなく、むしろ生きるためにしている。それを見聞きした時、私も似たようなものだな、と思った。ただ自分の場合はそれが「書く」行為として表れているだけで本質的には何も変わらないと。小さな死を大きな生とせんために。

 

 2014年9月20日0:57

 木霊の囁く詩に耳を傾ければ、荒廃した心でさえも再び芽生えさせることができる。無能な私にそんな力強い言葉を言い切る根拠は何もないが、幸いにも彼の胴体からは手足が生え大地を踏みしめ天を溶かそうという青い熱が発せられている。冷たい風は容赦なく偽りの衣を剥ぎ取るも真実の残滓は暖かかった。

 

 2014年9月24日7:39

 紺碧の氷に星屑のパウダーを混ぜて砕くと小さな夜のスムージーが時の器を満たした。それは熱したものの心を冷まし安らかな眠りへと誘う。人々の吸息は透明なストローをかぐや路に変えることで幻を啜って現実を溶かしていく。影と光の境界に佇むあなたの姿形は未だに朧気ではあるが深い潤いと共にある。

 

 2014年9月27日6:10

 の、は転がっている。電子空間に建立された伽藍の、縁を隅々まで超高速の、スピードで誰にも気づかれないようにそっと。それはきっと本字も知らない内に世界征服すら果たしてしまうだろう。ほら、いつの、間にかあなたの、の、も何処かへ消えた!増殖・凝集したの、は独裁を絶やし真の、自由を求める。

 

 2014年9月29日6:05

 青い空に真紅の太陽が蕩けると紫の後光が虚すらも実へと変えてしまう。実なるものなど存在しないと嘆く一方、自らが虚であることに関しては疑いもしない輩を嘲笑い慈しむ様に。悪魔は何も捨てないことで全てを失ったが、飛べない天使は何を得たのか。地球を撫でても答えは出ない。水面の羽根を愛でる。

 

 2014年9月30日6:46

 眼鏡を外せばぼんやりとした視界の内で永遠に散ることのない花火となった信号機は最早何もかも止められなくなった。車は渋滞しているかの様に見えるだけでその隙間からは着実に未来が流出している。どうやら交差点で死と擦れ違ったらしいが、そのことに本当の意味で気づける時はやって来るのだろうか。

 

 2014年10月1日6:00

 いつの間にか君はいなくなってしまっていた。逃した鯛はエビの殻を身諸共喰い千切り海のトンネルを今宵も泳ぎ続けているというのか。釣針に抉られたおちょぼ口から血を滴らせたまま誰にも気づかれない涙を流して。不自由と孤独の下に君が君らしくなれるのだとすれば、僕は君を知らずに寄り添うだろう。

 

 2014年10月3日7:12

 夕焼けを眺める君を見つめる私を綺麗だと言ってくれたあなたの髪は優しい風を世界に知らせた。そうか、行き先はそっちでいいんだね。唇の洞穴からは音声の灯火が止め処なく燃えているのに余韻はいつから始まったのか。まだ何も交わさない私たちに張り巡らされた赤い血の糸は小さな死の地図を結わいた。

 

 2014年10月5日1:44

 青白い光の樹が街に根ざす。さっき飲んだコーヒーの香りは闇夜に染み込まれる様で薄紅色の唇は幾つもの星屑に吸いついていった。儚い甘い煌きをどうか忘れないで欲しいと願った彼らは初めて知った。接吻のほろ苦さを。消えたチョコレートの光粒を口に含めた者など誰もいない。静かな拍動だけを信じて。

 

 2014年10月6日8:07

 STAP細胞の笹井さんにしても佐世保事件の加害者の父親にしてもそうですが、これから自殺をするかもしれない恐れのある人、特にその社会的背景を第三者から窺い知ることのできる人に関しては、事件の深層追究のためにも現状より質の高い予防策を講じて適応させる必要があるように思えてなりません。

 

 2014年10月7日8:13

 今日一日にあった全てのことを忘れてしまいたい。素晴らしいことも哀しいことも全部ゼンブ。点描画になった彼らの顔は気づけば私の自画像と混じり合い新たな命の輪郭を醸し出していた。打ったフォントは今でも如実に拡散し続けている。意味と価値を天秤にかける必要はもう無いと言わんばかりに。スキ。

 

 2014年10月10日7:55

 無数のビル群に月が隠れては現れる。電車の夜窓に浮かぶ人を照らしながら。久々に地球の影に覆われた気分はどうでした?無垢の明かりに問いかけても答えは返って来ないと分かっているからこそ飛ばせた声がこだまする。あなたの空耳が偽りである様に私の詩も真実より限りなく遠い。月だけが綺麗だった。

 

 2014年10月12日8:01

 モディリアーニが死の前年に撮った写真の裏には「マンモスからマンモスへ」という意味不明の献辞が書かれていたそうだが、先週から今週にかけては「台風から台風へ」といった心境だった。今は安っぽいタイムカプセルも将来はレトロな雰囲気を醸し出すことだろう。その時、私は何処にいる?私から私へ。

 

 2014年10月12日23:08

 子供の体力が落ちていることがニュースになっていたが、その模様を株価の乱高下の様に一喜一憂的に捉えるのは余りにも時期尚早かと思われる。大人が一々過敏に反応するのは繊細な子供を無闇矢鱈と不安に陥れるだけでは?/何かを失えば何かを得る。今の子供達に備わる優れた力を見極めることが必要だ。

140字のエチュード―VoL.9

 

 2014年8月10日0:55

 蒲公英の綿毛が空を舞う。それを祝うかのように漂う誰かの鼻歌は電車の通る音と共に過ぎ去っていった。今聴こえるのは蝉の鳴き声ばかり。しかしそれよりも私にとっては彼女の撮った映像の中で繰り返されるつばめの囀りの方がもの珍しく瑞々しかった。ここではないどこかを飛ぶ姿がありありと浮かんだ。

 

 2014年8月11日4:08

 地下街で吟遊詩人が詩っている。橙色の灯を浴びながら。しかし、大衆の賑やかさに埋もれた彼らの声は行き場を失くしていた。生きている間は無名でも、死後に認められれば報われると思っていた声とその主達。甘かった。これから先、誰にも聞かれぬであろう言霊は今でも素知らぬフリで無垢の香りを焚く。

 

 2014年8月13日7:25

 弾けないピアノを目の前に置かれたところでどうしようもない。iPhoneを鍵盤の上に載せてYouTubeショパンを検索した。流れてきたのは別れの曲。それらしく指先を動かせないでいながら思う。まだ出逢ったばっかりなのにな。もしかしたら別れたいという気持ちに浸りたいだけなのかも。乙。

 

 2014年8月14日3:55

 好きな色を持たない女の子は、はっきりと緑色が大好きだと唱える小さな男の子のことを少しだけ羨ましいと思ったように感じた未だ大人になり切れない大きな子供は、別に好きな色なんて無くてもいいんじゃないの、と咄嗟にぼそり呟いたものの却って変に取り繕った印象を齎さないか内心びくびくしていた。

 

 2014年8月15日5:05

 NHKスペシャルを観て。集団的自衛権に良いも悪いもないように感じる。こちらにとっては命を守るための行為があちらにとっては命を奪う行為に映るのが戦争に繋がるのでは?良いと悪いの境界が曖昧かつ外交では一旦、良いと判断すればそれを貫かざるを得ないのでは?たとえ判断が誤りだったとしても。

 

 2014年8月16日3:40

 互いの魅力を併せ持ったエスプレッソとシロップは温められたミルクに包まれ天上へ昇った。肌め細やかなミルクの泡が雲みたいにふわりと浮かんだそこはまるで柔らかい無地のキャンバス。チョコレートソースがラクガキしたくなるのも無理はない。イタズラを隠そうと慌てたホイップクリームは渦を巻いた。

 

 2014年8月17日2:46

 あなたが一歩前へ進む度に、あなたの輪郭は西陽の眩しさと和解していった。今、涼しい風が吹き抜けたとして一瞬、背後を振り向いた私が再び視線をあなたへ這わせるその時にはもう既にあなたの姿は消えている。まるで始めからいなかったかのように。逃げ水と何処で鳴くとも知れない蝉の声を視て聴いて。

 

 2014年8月18日6:39

 お盆休みにおせんべいを食べすぎたせいで身体はせんべいみたいにならないか。少なくとも濡れせんべいには近づく気配を見せている。もっと正確に言い表すなら、おもちかマシュマロ。それせんべい関係ないやん。ぼりぼり齧りながら甲子園を見る。選手の顔がせんべいに見えんでもない。小雨が降ってきた。

 

 2014年8月21日2:47

 彼方に揺れる蜃気楼が此方まで押し寄せて来る程の暑さだった。私の掌が翳された空も、私の脚が踏みしめた土も何もかも全てがぐにゃり、と微睡みの中へ溶けていった。その模様は風の軌跡が可視化したようにも流水が渦を描くようにも見て取れた。このままでは私がアイスを食べさせられるのも時間の問題。

 

 2014年8月23日6:35

 あなたの指先は氷柱と見間違う程に冷たくて脆かった硝子の様に破片に散る夢見てはなぞった夜空に煌く満天の星々で水瓶を描いた。けれどもあなたの心臓は青炎よりも熱く拍動して溶かしたあなた自身を雨へと変えて昇った重力に逆らって降り注いだ瓶の中へさらさらと流れ消えたいと願った流星が瞬いた。

 

 2014年8月26日3:13

 一度、凝って始めてしまったことは、続けるのも難しいけれど、止めるのも同じくらい難しいのだと最近になって悟った時にはもう遅かった。慣性の法則ならぬ惰性の法則になっている様な気がする。トムとジェリーは仲良く喧嘩しているそう。まったくトムに同情した時間を返せと言いたくなる。さようなら。

 

 2014年8月29日6:50

 たぬきの嘘をキツネが母性で愛するよう何も言わずに受け入れるのは、もっと残酷な嘘をキツネが吐いているからに違いない。それに比べるとたぬきの吐く嘘など可愛いもので、たぬきはキツネの吐いた大きな嘘に想像すら及ばぬ一方、自ら吐いた小さな嘘がいつバレまいか始終びくびくしているので、疲れる。

 

 2014年8月30日5:21

 ブログで勝手に「ミニ説」と題して即興で取り留めのない内容の作品?を書いたが、考えてみればこうしてツイッターで140字みっちり埋めるだけでも長ったらしく見えてしまうのに、ミニ説も何もあったもんじゃないなと思った。ここを基準にすると原稿用紙5枚の掌編すらも長編っぽくなるから、とほほ。

 

 2014年8月31日3:28

 たまには自分でもよく意味の分からないことをやって羽目を外したいという気持ちは、言葉を紡ぐ上でも同じ様に当てはまると思う。まぁ、私にそうした傾向が頻繁にあるのはともかく、一目読んだだけでは意味を推し量りかねる言葉の中から価値ある詩が生まれることもあり得るのではないか。懊悩の果てに。

 

 2014年9月1日5:42

 ジャン・コクトーポトマック、、自由過ぎる。ぶっ飛んでいる。カオスともいえる。でも、なんか気になってしまう。ウージェーヌたちの正体とその目的が。小説の縁側にいる存在だけど、だからこそ、余計に気になる。頼むから私の夢の中にはやってこないでほしい。それにしても訳した澁澤龍彦はすごい。

 

 2014年9月2日7:13

 ふと耳を澄ませば鈴虫が鳴いている。ベランダに横たわった蝉の亡骸を弔うかの様に。蝉の声が皮膚の表面をびりびりと刺激するみたいに聴こえるのに対して、鈴虫のそれは内臓の奥までじんわりと沁み渡る感じがする。自己を見つめ直すには良い機会かもしれない。熱く迸った心を涼しく穏やかにするために。

 

 2014年9月3日6:32

 僕の胃をハンモックにして世界が眠っている。鶏や牛、豚はのんびりと放牧されており米粒や根菜を食べミルクを舐めているし、イカやタコは吸盤を駆使して踊り続けている。彼らはいくら自分の身体が分解されようとも消化されようとも死んだことに気づかないまま夢の世界で幸せだ。さて僕ら人間はどうか。

140字のエチュード―VoL.8

 

 2014年7月23日6:29

 最近、野良猫との遭遇率が高い。昨日は黒猫、今日は白と茶色の紋様が入り混じった猫。どちらも暑光を避けようとカラダを小さくさせて日陰に隠れていた。熱に蕩けた虚ろな目で影を羨んでいたら見つけたのだが、その時何故か私は寧ろ見つけられてしまったのは自分の方のような気がした。汗が背を伝った。

 

 2014年7月25日4:59

 三日連続でカレーを食べた。流石にもう飽きたので暫くの間、カレーを食べることはないと思っている内に気づけば玉葱や人参、じゃが芋を切ったり、口にスプーンを運んだりしている。特にカレーが好物という訳ではないが、好きな食べ物は何かと問われた時にカレーだと答えると妙に説得力が増す気がする。

 

 2014年7月26日6:28

 つばめが巣の中でおしくらまんじゅうをしている。暑くないのだろうか。これだけ気温が高いと、もう何処にも行かなくても良さそうな気さえする。というより多分、私が彼らに何処にも行って欲しくないと思っているのだろう。それでも必ず夏は過ぎ去りここは涼しく寒くなり彼らも旅立つ。また逢う日まで。

 

 2014年7月26日17:46

 オレンジを包み込む少女の掌からは甘酸っぱい香りがする。しかし彼女はさしてその匂いを気にしていない。退屈を持て余す内に少女の肌や、それを覆う真っ赤なドレスは、たまにはオレンジ色に染まってみるのも悪くはないな、と思った。今この瞬間に西日が射せばさぞかし美しかろうと微睡んだ日曜日の朝。

 

 2014年7月26日21:23

 日日草はその名の通り、一つの花が咲く時間は一日だけ、と聞いたのだけど、家の玄関に植えられてある分に関しては三日程はもっているのではないかと感じる。気のせいか、それとも私の、移ろいゆく花の美を捉える感性が乏しいかはさて置き、青い麦の中に出てくるヴァンカの瞳は一夏を超えて実っていた。

 

 2014年7月28日0:41

 広場の中央には時計台があった。しかし、私は今まで一度足りともこの時計台でちゃんとした時間というものを確かめたことがなかった。ただ針の揺れていく様をぼんやりと眺めていたばかりだったけれど、却って気持ちは落ち着いた。自分だけの一秒が刻まれていくのをゆっくりと錯覚する内に涙腺が緩んだ。

 

 2014年7月29日4:17

 クローズアップ現代イスラエルの戦争を支持する若者についての特集をしていた。インタビューを受けていた女性の言い分は最もらしく、確かに頷ける一面もあった。しかし、むしろ私はそうした主張が徐々に許され受け入れられ、終いにはそれが市民の間で当たり前の常識になるのではないかと恐くなった。

 

 2014年7月30日3:09

 昔は罪悪感を感じていた行為が今では平気で行えるようになってしまった。雨水の戯れる音がメロディとなり、特別視していた過去が色褪せた現在へと移ろいゆく様を奏でていく。しかし、不思議と嫌悪感は失せていた。当時の迷いも葛藤も何もかも全てが洗い流されていくこの感覚を忘れずにいようと思った。

 

 2014年7月31日5:40

 微笑美は泣いていた。けれども涙を流す術を知らなかったので、周囲の同情を得られず、決して気づかれることのない懊悩を抱えていた。何気ない瞬間に現れる、自己の内側より沸き起こるその敵に抗う度に、微笑美は一層微笑み、周囲を幸福にした。悩美は微笑美と友達になりたがったが、微笑美は嫌がった。

 

 2014年8月1日2:06

 自転車で駆けていったあの人からはピンク色の残像が迸った。僕は慌てて後ろを振り返ったものの、既にあの人の姿は闇の中へ消えていた。朝日が射しているのに突然夜がやってきたような違和感があったけれど、不快には感じなかった。心地良い風が吹いた。台風は明日にもやって来る。ここから去るために。

 

 2014年8月2日5:58

 地中に息を潜めた一匹の蝉は、近い未来に大空へ瞬くその姿形が他の蝉と大して違わないちっぽけなものだということも、大気を震わせ揺らすその声が時には煙たがれる在り来たりなものだということも、地上に生を受け賜るその命がとても儚く哀しいものだということも、全部、分かっているのかもしれない。

 

 2014年8月3日3:43

 夏の夜空に色とりどりの花火が弾けては消えていく。その模様をまじまじと見上げる小さなあなたの横顔を、私は見つめる。気づかれないように、そっと。突然、あなたはりんご飴みたいな頬をぷっくりと膨らませたかと思えば、大きく息を吐いて笑った。ぼくは花火になれないみたい。雨と花火がすれ違った。

 

 2014年8月4日3:46

 路傍に落ちた檸檬。その酸っぱさに堪らず地球はくしゃみした。それから一向転がり続ける檸檬は、こうなりゃ行こうぜ何処までも、とはならずに、いい加減回り疲れたので早く止まって休みたいというのが本音。そんなことにはお構いなし!無名の画家はブルーで檸檬ごと塗り潰した。檸檬は地球になった。

 

 2014年8月5日1:05

 無数の雨粒を吸い光を浴びた硝子は永遠に融けない氷へ変貌を遂げた、積りだった。あなたに撫でられるまでは。あなたの温度がわたしの身体をゆっくりと溶かしていくのに怯えたわたしは自らの身体を粉々に砕いた。散らばった破片はあなたのしなやかに伸びた指先を繊細に傷つけた。血飛沫と欠片を結んで。

 

 2014年8月5日17:37

 私は原爆だ。生まれたい生きていたいと願った憶えは一度もないのに今までのうのうと生き延びてきてしまった。生きとし生けるものの命を奪うことしかできない癖に自らの手で自らの命を下せない私の存在自体を一刻も早く愛と弔いの手で葬り去って欲しい。それが無理ならせめて安らかな眠りを私の身体に。

 

 2014年8月8日3:05

 キリンの子供は遠くの嵐を見つめている。光る稲妻とジブンの姿を比べながら不思議に思う。どうしてここは晴れているのかと。分からないことにぞくぞくする。恐怖をごまかすための言い訳は苦かった。あの一瞬の輝きのためだけに大きくなるのは嫌だなぁ。口にするまでもない気持ちを呑もうと草を食べた。

 

 2014年8月9日2:08

 降りそうで降らない雨がもどかしい。指先から滴る雫は緩慢ながらも水面を這っては海へと吸われる有終の美を迎えるというのに。人間の詩体のようにその土地で生きた痕跡も遺さず綺麗さっぱり消えてしまう別れが儚くもあり潔くて素敵だと思う心は次第に綻びを見せた。白い空にインクを零した時を忍んで。

ミニ説「虚勢」

 

 私は睫毛だ。鼻毛ではない。昨日抜けたばかりなので傍から見ると区別はつかないだろうが、誇り高き睫毛のプライドを守るためにももう一度繰り返し言っておく。私は睫毛だ。それともう一つ、私は昨日死んだ。糞野郎のぶっとい指に引き抜かれて殺されたんだ。せっかく今まで成長に寄与してやったっていうのによ。この扱いは何だってんだ。全毛水浸しじゃねぇか。せめて抜くなら風呂場じゃなくて、外でやれってんだ。外ならその辺に適当にピンって弾いてくれさえすれりゃ、後はたんぽぽの綿毛みたいに風に乗って気のみ気ままな第2のライフを送ることもできたのによ。こんな浴槽の中じゃ行き着く先は排水溝ぐらいしかねぇじゃねぇか。そもそも抜くならもっと別のヤツだろうが。私の隣に生えてたヤツなんて私より背高かったのにそのまま放置されてますからね。これじゃわざわざ私のこと抜いた意味ないじゃん!ねぇ、あんた合コンに行くんでしょ? 結局、私の隣にいたヤツ抜かないと鼻毛出たままだからね。え? 私? も、勿論、私は睫毛ですよ。くれぐれも強調しておきますけど、私は鼻毛なんていう下等生物なんかじゃありませんからね!

小説「思い出」

 

 小学生の頃、ぬり消しが流行っていた。机の上に散らばった消しカスをせっせと集めてはぐりぐり。粘土のように押し固めたぬり消しは次の授業が終わるまでなくさぬよう筆箱の隅に閉まっておくのだ。

 ぬり消しの醍醐味は何と言ってもライバルと大きさや形を競うことだ。言うまでもないがやはり、デカいぬり消しはそれだけで強かった。それなりの根気と時間がなければ、ぬり消しをそこまで成長させることはできないからだ。かと言って、男の価値と同じように?、大きさだけで勝負は決まらない。やはり形が良くなければ真のぬり消し職人とは呼べないだろう。一般的には綺麗な球体に仕上げるのがベストだと言われるが、こればっかりはぬり消し職人の美意識に左右されるところもあり、一概に必ずしもこれが正解とは言えない。

 とは言え、何故ここまで私がぬり消しのことを熱く語ったかと言うと、何を隠そうこの私が自称・初代ぬり消し王に輝いた男だからだ! 6年間でぬり消しに懸けた思いは誰よりも熱い。そう、私がぬり消しと出会ったのは1年生の漢字テストの時だった。当時の私はまだそれ程、漢字も知らない癖して変に気取って自分の名前を漢字で書こうとした。しかし、当時の私に憂うつの「ウツ」は難しすぎた。だが、ここまできて簡単に諦めるのは男ではないと幼いながらも私は思った。憧れのチョイ悪親父・ジローラモならば、この局面でも自分と向き合い、自らのアイデンティティを漢字で正確に表明するはずだ。とは言え私は焦った。迫りくる試験終了の時間。クラスメイトの鉛筆を動かす耳障りなカリカリ音。その音が教室の中央に掛けられている時計のチックタックという無機質な音と絡み合い、私の胸を刺した。冷や汗が首筋をスッと辿るのが分かった。私は悟った。今の私の力では憂うつの「ウツ」は書けない。それでも。それでも、今の私にも何かできることはあるはずだ。そう、今の私でもなんか近いニュアンスの字を創造することはできる! 残り少ない試験時間の中、私は必死に書いた。少しでも「ウツ」に近づこうという思いで何度も漢字を書いては消し、消しては書いた。それを繰り返した回数、456回。ちなみにこの回数に根拠はないが、これはもしかすると後に伝説の消しカス生産記録として後世へと語り継がれる大変な記録になるかもしれないし、ならないかもしれなかった。兎にも角にも、私は書いた。そして、消した。夢中だった。

 気づけば試験時間は終わっていた。私の問題用紙の名前を書く欄はビリビリに破けていた。勿論、解答欄は白紙だった。なのにどうしてだろう。私の心の中には何とも言えない充足感が広がっていた。

 次の瞬間、私は机の上に無数の鼻クソみたいな消しカスが縦横無尽に敷き詰められているのを目にした。元々、薄茶色だったはずの机の色がどす黒く変色しているのが恐ろしくなり、すぐさまそれらを床に払い落とそうとしたその時だった。「ちょっと待てよ」というキムタク風の声が背後から轟いたのは。

 振り返ると一人の男がじっとこちらを見つめていた。全体的に恰幅の良い体型、要するにデブなのだが、その割にピチピチのスーツを着ているために見ていてとても暑苦しい。しかも、止せばいいのに髪型だけはいっちょ前に肩まで伸ばしたキューティクルなセミロングでいかにもキムタク風に整えている様子が見え見えなのだから呆れるばかりである。こういうナルシストタイプの人間とは絶対に友達になりたくないと私は思った。それにくれぐれも強調して繰り返すが、本物のキムタクではなく、かと言って顔貌がちょっと似ているとかいう訳でもなく、他人の目から見て強いて挙げるならば誰かという問いにそう答えざるを得ないようにコーディネートしているのだから余計に腹が立つ。

「ちょっ、ゴホン。ちょっと、待てよ」

 男が再びそう言った時、私の中で何かが弾けた。自分の中で納得のいくキムタク風ボイスを発声できたようで満足気な男の不細工な顔をどす黒くぬり潰してやりたい衝動に駆られた。

「これっぽっちも似てねぇんだよぉぉぉぉ!!!」

 余りの怒りに我を忘れた私の身にその後、何が起きたのかは憶えていない。キムタク風のブサメンの姿ももうどこにも見当たらなかった。気がつけば、机の片隅には黒真珠のように妖しい光を放つぬり消しが置かれてあり、私を見つめているように思われた。そのぬり消しには私を惹きつける不思議な魅力があった。それはまるで生まれたばかりのチワワの潤んだ瞳を抜き取り、みずみずしい眼球を丁寧に保存したような鮮度を保つ一方で、銃撃戦の繰り広げられている最中に不運にも流れ弾に胸を貫かれ誰にも気づかれぬうちに死を遂げた娼婦の腐った乳輪のような不気味さも反映しているようだった。教室内のカーテン越しに夕陽が射し込んでくる。私はふと、本日の授業は全て終了し、周りの生徒も皆、既に下校し、教室内に残っているのは自分一人だということに気づいた。しかし、クラスメイトからいじめられた事実が発覚したにも関わらず、私はたった一人取り残されたという孤独感に苛まれることはなかった。そして、その理由が机上にある黒真珠、いやぬり消しの存在感の大きさに圧倒されているからだということはすぐに分かった。私は畏れ多い気持ちを持ってぬり消しを手に取った。これが私とぬり消しとの出会いの一部始終である。

ミニ説「最後の晩餐」

 

 テレビで矢野顕子が「ラーメン食べたい」を歌っていた。聴いているうちに何だかメン子もラーメンを食べたくなった。が!、彼女は何とかその欲求を堪えた。ダイエット中だったからだ。それに彼女は今、彼女にしては珍しいことに自炊を続けている。しかも何日もカレーを続けるだとか、茹でたパスタにスーパーで買ってきた素を合わせるだけでいかにも料理をしています的なアピールをしている訳ではない。まぁ、ちょっとはそういう面もあるかもしれないけど・・・。とにかく!、今週の彼女はスープだけでも鶏がら、コンソメ、みそ(しかも日によって具材もちゃんと変えている!)の3種類を巧みに使い分けた生活を送っていたということにして欲しい。とどのつまり彼女が思ったことは、せっかく自炊の良い流れを作っているのにここでラーメン、それもインスタントかカップヌードルをあっさり食べてしまうのは何となく嫌だなぁ、ということ。まだラーメン店に食べに行く分には構わない。それはもう自炊の域を超えているからだ。しかし、困ったことに今の彼女はお店のラーメンではなく、インスタントかカップヌードルがどうしても食べたかったのだ。そして、食べた。美味しかった。もし地球が滅亡することになり、今夜が最後の晩餐となっても、メン子は幸せなのであった。

詩「相似」

 

ボクのベッドに敷かれた

しっとり冷えたシーツに

横たえられたマネキン

みたいなボクの身体は

忘れようと必死だった

再び起き上がることを

 

ボクのベッドに敷かれたシーツは青かった

晴れ渡る空のように青木繁の描いた海のように

青かったそのはずだったかつてはそして今も

 

晴れ渡る空に灰色の雲が広がり

青木繁の描いた海をデッサンしたことで

ボクの眼は醜く色褪せた

飛べないカラスのように

泳げないサカナのように

 

今、横たわるマネキンの

目の前に引かれた流線は

美しい言葉が紐解かれたものではなく

扇風機さえも厭う貴女の繊維だから、

ね、

分かるるでしょう?

わたしの言いたいこと

キミにして欲しいこと

 

たとえばわたしがキミに接吻したところで

キミの唇は艶めいてもキミの目は輝かない

――――――事実を、

キミはキミの細胞だけでは

リアランスを詩へと浄化

させられない現実を、

知らないいや知りたくないの

だから、ね。

許しして!

ボクの重ねたい奏でたい韻律を

貴女に聴こえぬようしめやかに

エチュードすることを・・・

 

青かったシーツに浮かぶ

綻びかけた刺繍とダイヤ

先ずはここから始めよう

 

ボクが貴女にあげたダイヤは確かに

光っているが届いているかその光は

色褪せても美しいままの貴女の瞳に

空回りし続ける扇風機絡み合う主語

どうせなら夏を飛ばしてくれればいいのにと

何処まで辿ればいいか分からない癖に耽った

 

ボクらのベッドに敷かれたシーツは今も

青かったそのはずだったという記憶をボクは!

失いたくくて堪ららなかった貴女は?

遺したくても忘れてしまうのわたしは、と

、そう編むのでしょう? きっとキミなら

この先滅びゆく肢体を目にすることなしに

美しいままのわたしを永遠に刻んだままで

 

しっとり冷えたシーツを

引き剥がされたマネキン

みたいなボクの身体は

忘れようと必死だった

マネキンだった過去を

生温かい人肌の未来を

 

青かったシーツに浮かぶ

二つの刺繍は同じ姿形を纏っているのに

カラスは飛んでサカナも泳いでいるのに

ダイヤだけが消えていた

光さえも置き去りにして